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会社への手紙9 [フィリピン]

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クラブ パラダイス

隊員総会後の1週間
1994-11-06

10月は私の任地のお祭り(ハチかサソリに足を刺されてだいぶはれました。)と隊員総会(風邪で鼻水ガラガラ声)がマニラであり早く日が過ぎた気がしてます。この間にも色々と話題はあるのですが、今回は隊員総会後の1週間について書きます。

10月29日隊員6名(内女性1名)、専門家1名でミンドロオ島とパラワン島の間の小島(名前は忘れました)へ行きました。ここはクラブ・パラダイスと言うリゾートがあり、2泊3日で約350ドル(食事、飛行機代を含む)で楽しむことができました。我々隊員の生活費がフィリピンでは330ドルなので日本の価値観で考えると安いですが少しもったいない気もしました。ちょうどホリーウィークにかかるので、フィリピン人の金持ち、ドイツ人(ドイツ人がオナー)日本人(大使館、JICA関係)で日本からの旅行者はいなくフィリピン在住の人が多かった。また子供連れの夫婦が多かった。島はホワイトビーチで水も澄んでいた。この小島については日本の旅行ガイドブック「エリアガイド」にも記載してある。私としてはボラカイ島の方が色々な意味で刺激的なので好きである。

詳しいことはガイドブックに書いてあるのでここであった問題について書きます。10月31日帰京の日、ボートで1時間、ジプニーで20分かけて飛行場のある島へ行きました。道中白人はニッパハウスやボートに乗っているフィリピン人を写真に撮っていました。我々はいつものことなのでのんびり景色を見ていましたが。
飛行場では10時出発で飛行場もあるのに出発をしない。理由は定員オーバー、ドイツ人の4名が国際線の出発日を間違え今日帰国するとのこと、ここでターゲットになるのが変な日本人の集団の我々、飛行機をもう1機チャーターするとのことだがそれが着くのは2時か3時ころ、我々はもう1泊クラブパラダイスに宿泊することで席を譲った。今日は空港見学ツアーとゆうことで良しとした。
しかし、悲劇がまだあった。我々と行きが同じだったドイツ人(男)2名とフィリピン人(女)2名(このフィリピン人はマニラで買われたと思う)。行きのボートではいちゃいちゃしていたのにフィリピン人2人は泣いている。話しを聞くと、帰りのエアーチケットが予約していないのである。2人のドイツ人は2人のフィリピン人をゴミのようにこの島に捨てて行こうとしている。⇒捨てて行った。地元のフィリピン人はまた男を取れば金はできると言っていたが、女はもういいといっていた。結局彼女らは船でマニラへ帰ったようである。我々はそのドイツ人に席をゆずるのなら反対したが、別のグループなので席を譲った。
クラブパラダイスの人に聞いたら前者はよくあることだが、後者は始めてだと言っていた。捨てられた女性に「文句を言えば」と進めたが、黙っていた。そして我々はクラブパラダイスのスタッフとそこにいた大使館家族の人々に「何で帰ってきたの」という顔され(大使館の人は好意的)1泊した。女(フィリピン人)を連れて来る日本人が多いと言っていたが、ゴミみたいに捨てて行く日本人がいないだけ立派である。

11月3日、JICA副総裁がマニラに来ているので協力隊数名が食事に招待された。私は副総裁の隣の席だったので、本人が飾らない性格もあり色々と話しができた。「今度は協力隊中心に視察する」と言ってくれたので今後に期待する。また、副総裁は新しい産業がなければ日本は金が無くなりODA(政府開発援助)も縮小しなければならない、今はTとNが儲け過ぎていると言っていた。ODAについて私は金額より内容(使い道)が重要と思う。日本では色々とニュースになっているようですが。

話しは前後しますが、FTVがクラブパラダイスへジュゴンの撮影のため来たそうですが、これはやらせで地元の漁民には評判が悪いようです。11月8日に放送されるそうですが見ましたか?

では年末なので生産に忙しいでしょうが、体に気を付けてください。
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